1. はじめに:本立法提案の位置付け2026年3月20日、ホワイトハウスは「A National Policy Framework for Artificial Intelligence(人工知能に関する国家政策枠組み)」を公表した。トランプ政権は、連邦レベルでの統一的なAI規制を実現するための大統領令を2025年12月に公表しており、今回の提案は、その具体的なアクションを示した連邦議会向けの立法提案(legislative recommendations)である。参考:【解説】米トランプ政権、AI規制の「連邦統一基準」に向けた大統領令 ~州法パッチワークの解消へ大胆な法的措置~【SG-InSights】2. ここまでの米国AI規制政策の動向トランプ政権下のAI規制政策は、就任直後から一貫して、前政権期のリスク管理中心の枠組みを見直し、イノベーション促進・米国のAI覇権強化を重視する方向で展開してきた。本立法提案に至る米国のAI政策の主な動向は、以下のとおりである。なお、これらについての詳細は本記事末の【参考:2026年3月までの米国AI規制政策】にまとめている。3. 立法提案の概要本立法提案は、7つのセクションから構成されている。児童保護や電力料金負担といった国民に直結する論点が先に配置されており、州法排除という制度設計上の課題は後段に配置されている。各項目の詳細は、以下の通りである。セクションⅠ:児童保護未成年者が利用し得るAIサービスの提供者に対し、保護者によるプライバシー設定やスクリーンタイム等の管理手段の提供、年齢確認・年齢保証要件の確立、性的搾取や自傷行為のリスクを軽減する機能の実装の義務付けを求めている。加えて、児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)のAIへの適用を明確化している。また、後述するが、児童保護分野については、州の一般的に適用される児童保護法の執行を維持する方向が示されている。児童保護に関する規定については連邦法での統一的な基準のみに依拠するのでなく、州独自の規制についても許容し、手厚く保護をする意図が窺われる。セクションⅡ:コミュニティ保護電力価格の高騰への国民の懸念にも配慮して、AIのためのデータセンターの新設・運営に伴うコストが一般の料金支払い者に転嫁されないようにすること、AIインフラ建設のための連邦許認可の合理化、AI詐欺対策の法執行強化、及び中小企業のAI導入支援が含まれる。また、このセクションでは、フロンティアモデルについて行政が開発者との協議を含め潜在的なリスクを緩和する計画を策定する旨の記載もある。セクションⅢ:知的財産権行政の立場として、AI学習のために著作物データを用いることは著作権法に違反しないとの見解を示しつつも、反対論が存在することを認め、この問題の最終的な解決は裁判所に委ねるとしている。裏を返すと、議会がAI学習の制限に関わる事項について立法的に関わることを排除した。また、新聞社などを念頭に、著作権侵害の被害者が業界として侵害者に権利救済を図ることを円滑化することを目的として、権利者が反トラスト法上の責任を負うことなく集団で補償交渉を行うための制度的枠組みも検討及び立法の対象とされている。さらに、AI生成デジタルレプリカ(AIを用いて実在の人物の肖像・音声等を再現したコンテンツ)につき消費者保護のために規制する枠組みも提案されている。セクションⅣ:言論の自由第4のセクションは、言論の自由の保護である。政府がAIプロバイダーに対し、党派的又はイデオロギー的な理由でコンテンツの削除・変更等を強制することを防止し、連邦機関によるAIを通じた検閲に対する救済手段を設けることが掲げられている。2025年7月のAI行動計画で示された、いわゆる「Woke AI」――特定のイデオロギーに基づくAI出力の調整――に対する問題意識(大統領令「Preventing Woke AI in the Federal Government」参照)が、立法提案にも持ち込まれたものと考えられる。セクションⅤ:イノベーション促進規制サンドボックスの設置、連邦データセットのAI利用可能化に加え、新たな連邦AI規制機関を設けず、既存のセクター別規制当局と業界主導標準を活用する考え方が示されている。包括的な横断規制よりも、既存制度の活用と実証環境の整備を重視する姿勢が表れている。セクションⅥ:教育・人材育成既存の教育・訓練プログラムへのAI教育の組込み、AIによる業務再編動向の調査拡充、及びランドグラント大学(連邦政府から土地の供与を受けた大学)における技術支援・実証事業・人材育成プログラムの強化が提案されている。セクションⅦ:規制の統一化州AI法の連邦法による上書き(プリエンプション)を正面から求めるとともに、州に対して、AI開発そのものの規制、AIを用いなければ合法とされる活動に対するAI利用の制限、第三者によるAIの不正使用に関する開発者への責任賦課を明示的に禁止することを提案している。他方で、その内容は「すべての州AI法を一掃する」という単純なものではない。児童保護、詐欺防止、消費者保護、州のゾーニング、州自身によるAI調達・利用等は排除対象から外すと明記されている。したがって、ここでいう統一化は、AIに関するあらゆる州規制を一掃する趣旨ではなく、国家全体として統一的対応が必要な領域に限って連邦基準を優先させる構想と理解するのが相当である。 4. 終わりに本件はあくまで立法提案であり、実際に連邦法として成立するかは今後の議会での審議次第である。本立法提案は児童保護、知的財産権、インフラ整備、人材育成など多岐にわたる分野を対象としているため、議会においては単一の包括法ではなく、各分野を扱う複数のAI関連法案として個別に検討されることが予想される。加えて、法案の本格的な検討が2026年の中間選挙の年に行われるため、選挙を巡る動向が議会の立法活動のペースや対象範囲に影響を及ぼす可能性も否定できない。また、仮に連邦法が成立したとしても、連邦法が優先される範囲をめぐって州が訴訟で争う可能性があり、立法により直ちに明確になるとは限らない。さらに、本立法提案自体が認めるとおり、児童保護や詐欺防止はじめ消費者保護等の分野では州法が引き続き適用されることが想定されており、パッチワークが完全に解消されるわけではない点にも留意が必要である。米国においてAIに対する規制緩和の方向性が維持されていることは確かであるが、企業としては、連邦法と州法の双方における規制動向を注視し、これに適切に対応していく必要がある。今後の立法過程や司法判断の展開を踏まえつつ、高度なリスク管理体制を構築・維持していくことが求められる。【参考:2026年3月までの米国AI規制政策】出発点となったのは、2025年1月23日の大統領令(EO 14179)である。バイデン前政権は2023年10月、AIの急速な普及に伴うリスクに対処するため、安全性テストや企業の報告義務等を定めたAIセーフティーにかかる大統領令(EO 14110)を発令していた。トランプ政権はこれをイノベーションの阻害要因と位置付け、就任直後にこれを撤回した。同大統領令は、AIシステムの開発が「イデオロギー的偏向や人為的に設計された社会的アジェンダから解放されるべきである」との方針を明確に示すとともに、180日以内に新たな「AI行動計画」を策定するよう各行政機関に指示した。2025年7月には、同年1月の大統領令で指示されていたAI行動計画「Winning the AI Race: America’s AI Action Plan」が公表された。同計画は、イノベーションの促進、AIインフラの構築、国際外交・安全保障の主導の3本柱に基づく90以上の政策行動を掲げたものであり、トランプ政権のAI規制政策の全体像を初めて体系的に示した文書である。ガバナンス面では、サイバーセキュリティや安全保障の観点からの強化に重点が置かれる一方、前政権時に重視されていたプライバシーや公平性の視点は後退した。州法の乱立によるイノベーションの阻害については当初から問題視されており、予算調整法案「One Big Beautiful Bill Act」に州AI規制の10年間のモラトリアム条項を盛り込む案も検討された。2025年5月に下院では、同条項を含む法案は215対214の僅差で可決したものの、この条項は州権の侵害であるとの超党派の批判を招き、上院では99対1という大差で削除された。議会を通じた州法の直接的な無効化は政治的に困難であることが明らかとなり、連邦政府としては別のアプローチを模索する必要が生じた。こういった経緯を経て、2025年12月11日大統領令「Ensuring a National Policy Framework for Artificial Intelligence」が発令された。同大統領令は、州ごとに乱立する1,000以上のAI関連法案を「イノベーションを阻害するパッチワーク」と正面から批判し、連邦基準への一本化を明確な政策目標として掲げた。もっとも、同大統領令は政策目標として連邦基準への一本化を掲げるに留まり、連邦法の具体的内容に踏み込んでいなかった。基本的には、行政機関としてなしうる司法省内へのAI訴訟タスクフォースの設置、商務省による州AI法の評価、規制方針に従わない州への連邦資金の提供制限といった行政上の対抗措置が内容となっている。ただし、具体的内容は示されていないものの、同大統領令のセクション8において、AI・暗号資産担当特別顧問と大統領補佐官(科学技術担当)に対し、同大統領令の方針と抵触する州AI法を優先排除し、AIに関する統一的な連邦政策枠組みを確立するための立法提案を共同で作成するよう求めている。本立法提案はかかる検討の成果として、連邦法の具体的内容に関する政権からの提案が示された。立法提案であり、これ自体に法的効力はないが、連邦法については大統領の書面を基本的に必要とする建て付けとなっているため、本立法提案の内容も踏まえつつ、今後の連邦法の議論がなされるものと考えられる。5. 参考The White House, A National Policy Framework for Artificial Intelligence (Mar. 20, 2026)The White House, President Donald J. Trump Unveils National AI Legislative Framework (Mar. 20, 2026)The White House, Removing Barriers to American Leadership in Artificial Intelligence (Jan. 23, 2025)The White House, Ensuring a National Policy Framework for Artificial Intelligence (Dec. 11, 2025)The White House, Winning the AI Race: America’s AI Action Plan (Jul. 23, 2025)The White House, Preventing Woke AI in the Federal Government (EO 14319) (Jul. 23, 2025)The White House, Executive Order on the Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence (EO 14110) (Oct. 30, 2023)U.S. Congress, One Big Beautiful Bill Act (H.R. 1, 119th Congress) (2025)【解説】米トランプ政権、AI規制の「連邦統一基準」に向けた大統領令 ~州法パッチワークの解消へ大胆な法的措置~本稿は公開情報や執筆者の専門的知見に基づいた一般的な分析・見解を提供するものです。本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当社または当社のクライアントの見解ではありません。