0.新たな火種-シャドーAI 企業の管理部門による承認や監督なしに、従業員がAIツールを業務に利用する「シャドーAI」(注1)。近時、AIのビジネスにおける活用が進むにつれ、企業のリスク管理における新たな火種となっている。 シャドーAIは従業員の“モラルハザード”として語られがちだ。ガバナンス部門はシャドーAIを防ぐための実効策に日々頭を悩ませている。中には「シャドーAIを利用した従業員は解雇」といったメッセージを社内に発し、その周知徹底を図っている企業もある。 しかし、シャドーAIは果たして従業員の“モラル”だけの問題であろうか。目の前で、便利なAIツールが日々登場する中で「このAIを業務に使っていいのか、どこに聞けばいいのか分からない」「ガバナンス部門に利用申請を出したが、中々返事が来ない」—そうした状態が続けば、従業員は「仕事のためだから…」という大義名分の元、管理の外で使い始めることは想像に難くない。 近時のシャドーAIをめぐる問題の根底には、AIの進化に伴うツールの爆発的な増加・多様化という事態を前にした、ガバナンス部門の対応スピードという根本的な課題がある。 本稿では、一般社団法人AIガバナンス協会(以下「AIGA」)において、筆者がリサーチフェローとして取りまとめたレポート「『いつの間にか』AIのリスク実態調査——シャドーAI等の管理と捕捉 課題とプラクティス」(2026年1月公表、以下「シャドーAI報告書」という)(注2)を元に、シャドーAI対策への実効的なあり方について考察する。1.AIGA調査が明らかにした「いつの間にかAI」の実態 シャドーAI報告書は、企業に流入するAIの管理・捕捉の課題を明らかにするため、AIGA会員企業47社から得た回答結果をまとめたものである。同報告書はまず、AIツールが企業内に導入/流入する経路を以下の六つに分類する。① 独自開発・内製AI② 外部から調達したAI③ オープンソースAI④ 既存システムへの組み込み・アップデートAI⑤ 外部パートナーにおけるAI利用⑥ 従業員の個人利用AI(シャドーAI) 調査の結果、自社が導入等を主導する①~③については、比較的管理の目が行き届いていることが確認された(詳細はシャドーAI報告書を参照されたい)。 他方で、④~⑥については顕著な課題が現れた。【④既存システムへの組み込み・アップデートAI】 例えば、いつも使っているオフィスソフトに、いつの間にかAI機能がついていた経験はないだろうか。日常的に利用するシステムやグループウェアへのAI機能の追加(シャドーAI報告書では“サイレントアップデート”と表現)によってAIが企業に流入する。既存契約の延長線上にあるため、管理部門が気づかぬうちに、従業員のAI利用が開始される恐れがある。 このような経路で流入するAIについて、回答社の64%(30社/47社)が把握に課題(把握漏れ・把握自体行っていない(以下「未着手」))を認識していた。【⑤外部パートナーにおけるAI利用】 例えば、広告やデザインなどを外部業者に発注したら、事前の承諾なく、生成AI利用と思われる成果物が納品され、著作権侵害などがないか心配になる―多くの企業にとって、下請けや代理店、多岐にわたる業務委託先といった外部パートナーが、どのようにAIを利用しているのかを追跡することは極めて困難である。グループ会社と異なり、ガバナンス部門が介入するにも限界があるからだ。 シャドーAI報告書では、回答社の87%(41社/47社)が、このようなAI導入経路について、把握に課題(把握漏れ・未着手)を抱えていた。うち、49%(23社)は把握自体が未着手であった。その理由として「契約にAI利用に関する記載がない」「成果物での評価をしており、外部パートナーへのAIガバナンスの定義が確立できていない」などが挙げられていた。【⑥従業員の個人利用AI(シャドーAI)】 本稿のメインテーマであるシャドーAIについては、やや意外な結果が示された。把握に課題(把握漏れ・未着手)を認識しているのは、回答社の60%(28社/47社)に過ぎず、ソフトウェアアップデートや外部パートナーから持ち込まれるAI利用に比べると、ガバナンス部門の目配りが比較的されていることがわかったのである。これは、元々“シャドーIT”が典型的なリスクとして認知されてきたため、その延長線上にあるシャドーAIのリスクは、多くの企業の管理部門にとってはイメージしやすく、シャドーITの延長線としてルール整備等の対策に着手しやすいことが背景にあるとも考えられる(注3:「相乗り型アプローチ」からもその傾向は読み取れる)。 もっとも、シャドーAI報告書では、ルールを設けている回答社からも「物理的な遮断が難しい」「私用デバイス経由の利用は検知不能」「個人のモラル・性善説に依存せざるを得ない」といった現場の苦しい声も多数寄せられていた。 シャドーAI報告書が示したのは「シャドーAIだけが企業に“いつの間にか”流入するAIリスクの経路ではない」ということだ。むしろ既存システムのアップデートや外部パートナーの方が、ベンダーや業務委託先といった相手方の行動に左右される分、自社単独でのコントロールが難しい。 他方で、シャドーAIには他の二経路にはない固有の深刻さがある。第一に、シャドーAIは自社の従業員の行為であるがゆえに、いったん情報漏洩等が発覚すれば、企業のガバナンス責任がより直接的に問われうる。第二に、従業員は自社や取引先の機微情報により深く・直接的にアクセスしうる立場にあり、ベンダーやソフトウェアの数と比較しても、潜在的なリスク主体としての母数が大きいため、全体としてのリスクの発生確率が大きくなる。そして、機微情報がいったん外部のAIサービスに入力され、モデルの学習データ等へと取り込まれたら、不可逆的な損害に直結しうる(注4:サムスンの事例) それゆえ、自社の従業員に直接働きかけられるシャドーAI対策は、企業が積極的に着手すべき領域であるといえる。 では、その実効策をどう考えるか。2.シャドーAI対策のカギは「ガバナンスのスピード」 シャドーAI報告書では、企業がAI利活用における「リスクの芽」を把握・管理する上での課題を挙げてもらったところ(複数選択可)「AIツール・サービスの急増・多様化」と回答した企業が最多の83%(39社/47社)、次いで「従業員のAIリテラシー・セキュリティ意識の不足」が66%(31社/47社)という結果が示されている。 つまり、シャドーAIの問題の背景には、AIツールの急増・多様化にガバナンス部門の処理能力が追いついていないという構造的課題と、従業員のリテラシーを十分に確保できていないという課題が重なり合っていることが読み取れる。 前者の課題については、「ガバナンスがビジネススピードを阻害するボトルネックになっているのではないか」というガバナンス部門担当者の懸念を筆者もよく耳にする。もっとも、AIツールの利用審査等を単に早く回すだけでは、リスク管理が形骸化しかねない。このジレンマは、シャドーAI報告書の個社インタビュー(6社の先進企業のプラクティス紹介)でも通底したものだった。 それでは、ガバナンスにおけるスピードとリスク管理を両立するにはどうすればよいか。その鍵となるのは、リスクの大きさに応じて審査の深度を変えるリスクベースアプローチと、シャドーAIが発生しにくい環境をつくる従業員リテラシーの向上にある。 シャドーAI報告書から見える“処方箋”は次の通りである。(1)スピード感を実現するリスクベースアプローチア.問い合わせ窓口の明確化 多くの企業にとって出発点は、AI関連の問い合わせができる組織・窓口の明確化にある。「このAIツールを使いたいが、どこに相談すればよいか(又はどの資料やリストを参照すればよいか)」「AIツールの利用可否を誰が責任をもって判断してくれるのか」が即座に分かる状態がなければ、スピード感あるガバナンスは実現しない。この窓口は、AIを使いたい従業員が、AIリスクや不安を感じた際の受け皿となる。 シャドーAI報告書において、AIガバナンス組織の設置(AI利用の申請・審議プロセスや相談窓口を含む)については、55%(26社/47社)と多くの企業が取り組んでおり、最も対策として進んでいた取り組みでもあった。イ.AIツールの利用条件とホワイトリストの明示 シャドーAI対策としてよく実践されるのが自社内におけるAIツールの利用条件を示すマニュアルやガイドラインと利用可能なAIツール(ホワイトリスト)の明示である。「AIを使ってよい環境や条件、ユースケース」「使ってよいAI」が誰もが参照できる状態にしておくことは、シャドーAI防止の最もシンプルな防波堤となる。 しかし、AIツールの爆発的増加という課題に対しては、ホワイトリスト形式による対応では限界がある。シャドーAI報告書や筆者の知るガバナンス部門の関係者からは「ホワイトリストの更新が追いつかない」「ベンダーの規約変更を常時監視するリソースがない」という悲鳴が聞こえてくる。ウ.リスクベースアプローチによる「選別」 そこで重要になるのが、利用申請の許否審査において“リスクベースアプローチ”(注5)による「選別」を行うという発想である。全てのAI利用を同じ深さで審査するのではなく、自社にとってのリスクの大きさに応じて審査対応の軽重をつけるというものだ。 例えば、「AIの利用用途が自社にとって高リスクの領域に該当するかどうか、あるいは入力データに機微情報が含まれるかどうか、新たなAIツールの利用申請者がAIリスクについての教育を受けているかどうか、申請対象のAIツールが既に他社で広く利用されているかどうか」といった観点から検討し、場合によっては審査プロセスを軽くする(スクリーニングをする)といった、リスクに応じた審査の深度を採用することが考えられる。 ただし、この「選別」を実効的に機能させるには、自社にとってのAIリスクが明確になっていることが前提である。 シャドーAI報告書の個社インタビューでは、自社の製品・サービスに照らして特にリスクが高い8類型を独自に定義し、当該リスクに該当した場合に、現場部門に報告義務を課すというエスカレーション体制を設けている企業が報告されている。 また、既存のリスク管理枠組みにおけるリスク区分を転用してAI審査の濃淡をつけている企業もある。 つまり、各社が一から網羅的にAIリスクを構築するのではなく、自社ビジネスにおけるAI利用のユースケースや想定されるリスク等を棚卸した上で、自社における「重大なAIリスク」を特定してチェックする「選択と集中」を模索しているのだ(注3)。(2)「取り締まる」より「共に学ぶ」:従業員リテラシーの向上 上記と両輪の関係にあるのが、従業員のリテラシー向上である。従業員自身がAIリスクとシャドーAIの危険性を理解していれば、そもそも管理の外でAIを使おうという判断に至りにくくなる。シャドーAI報告書でも上述の通り、課題の代表例として挙げられており、また、個社インタビューでも各社が取り組みを進めていることが紹介されている。 具体的な手法として、個社インタビューでは、管理や取り締まりの強化を入口とするのではなく、AI活用の勉強会や気軽に視聴しやすいショート動画など「学び」や「知見の共有」を通じて従業員にアプローチする手法が報告されている。 こうしたアプローチが採用される背景には、生成AI特有の事情がある。そもそも人間は便利さに弱い生き物である。現在、生成AIは個人において多大な費用をかけずとも、パソコンやスマホにアプリを入れて、メール文や議事録の作成から、デザインやプレゼン用のスライド設計まで高度な利用が簡単にできる。日頃からAIを私的に利用している従業員の中には、その便利さを実感し、「自分はAIを使いこなしている」と感じている者もいるかもしれない。そうした従業員に対してAI活用を過剰に禁止すれば、かえって反発を招いたり、利用を潜在化させる可能性がある。 リテラシー向上だけでシャドーAIを防止できるわけではないが、その教育の在り方については、生成AI特有の事情を踏まえた対応が求められる。3.まとめ—AIガバナンスのパラドックスが示す「完全管理」の幻想 最後にシャドーAI報告書の興味深い発見を提示したい。「AIガバナンスのパラドックス」—ガバナンスを真剣に実践する企業ほど、自社のAIの捕捉・管理に課題を感じている(自己評価が低くなりがちである)という逆説的な実態である。 ルールを整備し、専門組織を設置し、従業員にヒアリングを重ねるほど、管理しきれない「網の目」が可視化されていく。シャドーAI報告書はこれをガバナンスの失敗ではなく、成熟の証—「無知の知」と捉えている。 AIツール・サービスの急速な増加・進化・多様化を前にして、自由放任でAIリスクを放置することも、逆にトップダウンによる完全管理を目指してAI利用を著しく制限することも得策ではない。 重要なのは、リスクに応じた柔軟かつ迅速な審査プロセスを整備しつつ、同時に従業員教育を通じてリテラシーを高めることで、組織全体で責任あるイノベーションを実装できるようになることだ。(注1)シャドーITとは、企業のIT部門や管理部門の承認・把握なしに、従業員が個人の判断で業務にITツールやサービスを導入・利用することをいう。シャドーAIはシャドーITの一類型である。(注2)一般社団法人AIガバナンス協会(AIGA)「『いつの間にか』AIのリスク実態調査——シャドーAI等の管理と捕捉 課題とプラクティス」(2026年1月29日公表)。シャドーAI報告書の全文はAIGAウェブサイトにて閲覧およびDL可能。なお、回答企業にはAIガバナンスへの意識が高い先行企業群が多く含まれるため、本調査結果は日本企業全体の平均値ではなく、先行企業においてさえ直面する課題として捉えるべきである。 (注3)なお、こうした仕組みの実装にあたっては、AI専用の管理プロセスをゼロから構築する必要はない。既に運用しているITセキュリティ審査やクラウドサービス導入時のチェックリストにAI固有の確認事項を組み込む「相乗り型」のアプローチが、導入のスピードと現場の負担軽減の両面で有効であることがシャドーAI報告書でも紹介されている。(注4)2023年3月、Samsung Electronics半導体部門がChatGPTの業務利用を解禁したところ、20日間で3件の機密情報漏洩(ソースコードの入力、設備アルゴリズムの入力、機密会議の議事録作成依頼)が発生。同社は同年5月に全生成AIツールの業務利用を全社禁止とした。(The Economist Korea, 2023.3.30; Bloomberg, 2023.6.28)(注5)なお、AI事業者ガイドラインでもリスクベースアプローチの考え方は随所で言及されているが、2026年3月に改定された第1.2版では、これを経営戦略と紐づけて実装する手法として、筆者がAIGA『AI時代の経営意思決定とガバナンス~攻めのAIガバナンス実現のための戦略レポート』において構築・執筆した枠組みも参照されている。本稿は公開情報や執筆者の専門的知見に基づいた一般的な分析・見解を提供するものです。本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当社または当社のクライアントの見解ではありません。