2026年2月16日から20日までの5日間、インド・デリーにて「India AI Impact Summit 2026」が開催された。英ブレッチリー・パーク(2023年)、韓国・ソウル(2024年)、仏パリ(2025年)に続く第4回目となる本サミットは、グローバルサウスで初めて開催される大規模なAIの国際首脳会議であり、過去最大となる10万人以上が参加した。現地でパネルディスカッションやラウンドテーブルに参加し、現地の熱気を肌で感じてきた筆者(羽深)が、3回にわたって現地の様子をレポートする。第1回の今回はサミット全体のハイライトを紹介する。第1回(今回):首脳宣言が示す「AIリソースの民主化」とテックトップが語る「AGIの加速」第2回: 「AI主権」を紐解く3つのアプローチー覇権、ミドルパワー、オープンソース第3回: 「AIセーフティ」の最前線—複雑化するリスクと多層的ガバナンスへの道筋1. サミット首脳宣言が強調するAIリソースの「民主化」パリで開催された前回のサミットは、世界のナラティブを「AIの安全性への懸念」から「AIへの投資と経済成長」へと転換させたターニングポイントだったが、今回のインドサミットは「AIによる社会的インパクト(Impact)」に焦点を当てたものとなった。インドのモディ首相は基調講演で、「インドはAIを恐れない(India does not see fear in AI)」と述べ、AIへの極めて楽観的な姿勢を強調した。さらに、ヒンディー語で「人間」を意味する言葉に掛けた、5つの原則からなる独自のAIビジョン「M.A.N.A.V.(マナブ)」を提唱した。Moral and Ethical Systems(道徳・倫理的システム:AIは倫理的ガイドラインに基づいて構築されるべき)Accountable Governance(アカウンタビリティのあるガバナンス:透明なルールと堅牢な監視)National Sovereignty(国家主権:データはそれを生成した人々のもの)Accessible and Inclusive(アクセス可能で包摂的:AIは独占ではなく、乗数効果をもたらすもの)Valid and Legitimate(有効かつ合法的:AIは合法的で検証可能であるべき)この理念のもと、AIを一部の国が独占するのではなく「グローバルな公共財(Global Common Good)」として共有し、広く行き渡らせる「民主化」を強く訴えた。これらの理念は、サミットの成果文書である「AI Impact Summit Declaration(首脳宣言)」にも明確に反映されている。「すべての人の福祉と幸福」をインスピレーションとし、AIリソースの民主化、社会的なエンパワーメントのためのアクセス拡大、信頼できるAIシステムなど「7つのチャクラ(柱)」が掲げられた。 最終的な宣言文には、昨年の首脳宣言への署名を見送った米国・英国だけでなく、中国やロシア、サウジアラビアなども含む92の国と国際機関が名を連ねた。ただし、ここでの「民主化」とは、「AI資源の民主的普及(Democratic Diffusion of AI)」であって、「AIによる民主主義の普及」とは全く異なることに注意が必要である。すなわち、各国が、AIの開発・導入・展開に不可欠なAIリソースに手頃な価格でアクセスできるようにすることであり、その実体は、後述の「AI主権の確保」に近い意味だといえるだろう。2.開催国インドにとっての「ディール」このサミットで、開催国インドは自国をグローバルサウスのAIトップランナーとしてアピールすることに成功した。会期中、AI分野全体で2,000億ドルを超える投資が見込まれることが明らかになり、国内財閥のリライアンスが1,100億ドル、アダニが1,000億ドルの巨額投資計画を掲げたほか、タタ・グループはOpenAIとのデータセンター構築に向けた提携を発表した。さらにGoogleは150億ドル規模のAIハブ設立や、2,000万人の公務員に対するAI研修支援を約束するなど、世界の主要企業との間で次々と「ディール」を成立させた。また、インド政府自身も国家AIインフラを強化するため、新たに2万基のGPUを追加し「主権的計算能力」を拡充すると発表した。さらに、WHOや世界銀行等と連携して保健や農業分野でのAI実装の成功事例をまとめたケースブックを公開するなど、国を挙げた技術的なリーダーシップを世界に誇示する場となった。3. グローバルテックが共有する「AGIの加速」と「労働市場の破壊的変化」本サミットのハイライトのひとつは、世界のトップAI企業(Google DeepMind、OpenAI、Anthropicなど)のCEOが一堂に会し、汎用人工知能(AGI)および超知能(ASI)の到達タイムラインについて、従来よりも大幅に前倒しした見解を揃って示したことである。Google DeepMind CEO デミス・ハサビス氏:「2026年の今、我々はAGIが地平線に見える新たな閾値にいる。おそらく今後5年以内に到達し、産業革命の10倍のインパクトが、10倍のスピードで起こるだろう」と発言。以前の「10年」という予測を大幅に縮めた。OpenAI CEO サム・アルトマン氏:「初期バージョンの真の超知能(true superintelligence)の登場まで、あと数年かもしれない。2028年末までには、世界の知的生産能力の大部分が、人間の脳外(データセンター内)に存在するようになるだろう」と予測。Anthropic CEO ダリオ・アモデイ氏:「『データセンターの中の天才たちの国(a country of geniuses in a data center)』と私が呼んできた状態に、我々はますます近づいている」と言及。ここ数ヶ月の「AIエージェント」の急激な性能向上と実用化が、経営トップたちの予測を着実に早めている。同時に、ホワイトカラーを含む労働市場に急激かつ破壊的な変化がもたらされるという点でも彼らの見解は一致しており、もはや不可避的な未来と言えるだろう。4. 交錯する「AI主権」のビジョンとオープンソースへの期待本サミットにおいて最も言及されることの多かった単語のひとつが、「AI主権(AI Sovereignty)」である。しかし、そのアプローチは各国の立ち位置によって大きく異なる。米国は、他国が米国のクラウドインフラに依存する形ではなく、米国のチップやデータセンター等のハードウェアそのものを購入・保有させることが「真のAI主権」であると提唱し、強力なインフラ輸出戦略を見せている。 一方、インドや欧州各国、カナダなど「ミドルパワー」諸国は、特定国への過度な依存を避け、自国内での戦略的自律性と計算資源の確保を模索している。 さらに、クローズドモデルによる市場支配に対抗する形での「オープンソースAI」への期待もかつてなく高まっている。これらの「AI主権」を巡るパワーゲームとエコシステムの行方については、続く第2回で紹介する。5. 政治的対立から技術的実践へ移行する「AIセーフティ」一方、第1回の英国サミットにおけるメインアジェンダであった「AIセーフティ」も、新たなフェーズに突入している。2023年当初に語られていたような、AIが人類を滅ぼすといった論調はほとんど見られなくなっているものの、高度な自律性を持つ「AIエージェント」の普及による深刻なサイバーリスクの増大や、推論機能の著しい発達による生物・化学兵器への転用可能性など、現実世界におけるAIリスクの性質はより複雑かつ深刻になっている。AIセーフティに関する各国政府やテック企業の議論は、安全性をイデオロギーや政治的アジェンダとする段階を終え、より現実的・実践的なリスク評価や対策に関するテクニカルな内容に軸足を移しつつあるといえる。最先端のAIリスクとガバナンスの議論については、第3回で詳しく解説する。<こぼれ話>手を握らないサム・アルトマン(OpenAI)とダリオ・アモデイ(Anthropic)冒頭の写真は、サミットのプレナリーでの一幕だが、よく見ると、OpenAI社のサム・アルトマン氏(モディ首相の右側)と、その隣のAnthropic社のダリオ・アモデイ氏は手をつないでいない(壇上でモディ首相に促されたにもかかわらずだ)。かつてオープンAIにいたダリオがサムに反旗を翻して独立したという経緯があり、両者の確執の深さがうかがえる。本稿は公開情報や執筆者の専門的知見に基づいた一般的な分析・見解を提供するものです。本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当社または当社のクライアントの見解ではありません。