2026年5月13日、欧州連合理事会の常駐代表委員会が、EUのAI法を改正するデジタル・オムニバス規則について、合意文書(compromise text)を承認した(※1)。改正の柱は、義務の簡素化・適用日延期と、新たな禁止項目の追加・AIオフィスを中心とする監督執行枠組みの明確化が、同一のパッケージに盛り込まれている点にある。本稿は、特に影響が大きいと思われる製造業と汎用AI事業者の二つの観点から、改正内容と日本企業に求められる対応を整理する(※2)。▶【関連】【徹底解説】2025年EUデジタル・オムニバス法案~AI関連法制の再構築とその影響(2025年12月5日付公開記事)1. 政治的合意の概要本合意は、規制負担の軽減と新規規律の追加を同時に組み込んでいる。事業者負担を軽減する措置として、AI法の大部分を占める高リスクAIに関する規律の適用日後ろ倒し、製品安全法制との重複整理、適合性評価のワンストップ化、AIリテラシー義務の柔軟化、小型中堅企業向けの優遇措置等が盛り込まれた。一方、規律面の追加・監督執行枠組みの整備として、同意なき性的画像生成AIや児童性的虐待素材生成AIを禁止行為へ追加すると共に(早期適用)、AIオフィスの調査・執行手続の明確化・体系化が盛り込まれた。主な適用日は以下のとおりである(※2)。現行AI法では、単独で高リスク分類されるAIは2026年8月2日、製品安全法令と連動する高リスクAIは2027年8月2日から適用される予定だったが、いずれも1年またはそれ以上後ろ倒しされた。2. 製造業への影響2.1 安全コンポーネント定義の見直し製品に組み込まれたAIシステムが安全コンポーネントに該当する場合、当該AIシステムは高リスクAIとして規制対象となる。本合意では、健康・安全に直接関わらないユーザー支援、性能最適化、サービス効率化、自動化、利便性、非安全関連の品質管理のみを目的とするAI機能は、安全コンポーネントから除外されることが明示された。これにより、製品に組み込まれたAIが高リスクAIとして扱われる範囲が限定される。ただし、故障や誤動作が健康・安全に影響を及ぼしうる場合は、引き続き高リスクとして取り扱われる。日本企業としては、自社製品のAI機能について本定義に照らした高リスク該当性の再評価が論点となる。2.2 既存製品安全法制との重複整理医療機器規則等の既存法令が、リスクマネジメント、品質マネジメント、技術文書、市場投入後の監視等の領域でAI法と同等の保護水準を確保している場合、AI法側の具体的要件について、欧州委員会の委任行為により、その適用を制限又は一部適用除外できる仕組みが新設された。サイバーレジリエンス法(CRA)の必須要件を満たす高リスクAIシステムについても、AI法のサイバーセキュリティ要件への適合が推定される。機械規則については、AI法側で重ねて高リスクAI要件を課すのではなく、機械規則の枠組みのなかでAI関連の健康・安全要件を統合的に取り扱う方向に整理された(※3)。AI機能を組み込んだ産業用ロボット・工作機械等を欧州市場に投入する事業者にとって、AI法と機械規則の重複適用は回避される。2.3 認証手続のワンストップ化AI法と既存の製品安全法制(医療機器規則等)に基づく届出機関(EU法上、第三者認証を担う機関)の指定について、単一申請・単一評価手続が可能となった。既存の認証機関がAI法対応を上乗せする場合のリードタイムとコストが縮減される。既に届出を受けている適合性評価機関には、改正規則の適用開始から18ヶ月の経過措置も設けられている。届出機関の指定範囲を特定するためのコード体系も新たに整備された。製造業の側では、まず現に取引のある認証機関がAI法上の届出機関として指定を取得済みか、指定申請中であるかを確認し、未対応であれば、対応可能な届出機関をどのように選定するかが、認証戦略の起点となる。3. 汎用AI事業者への影響3.1 性的画像生成AI等の禁止行為への追加(早期適用)AI法の禁止行為に、同意なき性的画像生成AIと児童性的虐待素材生成AIが追加された。識別可能な自然人について本人の自由かつ明示的な同意なしに、身体の性的部位や性的に露骨な行為を写実的に描写する画像・映像・音声を生成・操作するAIシステム、および児童性的虐待指令(Directive 2011/93/EU)に定義される素材を生成・操作するAIシステムが、市場投入・提供・使用ともに禁止される。適用日は2026年12月2日であり、他の高リスク要件に先行して適用される。禁止はプロバイダー(AIの開発者・提供者)とデプロイヤー(AIの利用者)の双方を捕捉する。プロバイダーについては、当該コンテンツの生成を意図された目的とするAIシステムの提供が直接禁止されるほか、システムの設計・能力等から当該生成が合理的に予見可能かつ再現可能であるにもかかわらず、適切な技術的安全措置を講じていない場合の提供も禁止される。汎用の画像・動画生成AIであっても、自社製品が意図せず非合意の性的画像生成に用いられないよう、技術的安全措置を講じる必要が生じる構造である。他方、デプロイヤーについては、非合意親密素材又は児童性的虐待素材を生成・操作する目的でAIシステムを使用する場合に、当該使用が禁止される。汎用画像・動画生成AIを業務利用する事業者にあっては、自社の利用目的・利用態様が当該禁止射程に該当しないことを確認するとともに、必要に応じてプロバイダーによる技術的安全措置の実装状況を確認するプロセスを設けることが実務上重要となる。なお、禁止の射程は識別可能な自然人を写実的に描写する場合に限定され、医療診断目的、芸術的ヌード作品、本人の明示的同意がある試着アプリケーション等は対象外とされる。3.2 AIオフィスの調査・執行権限の体系化欧州委員会のAIオフィスは、本改正により、GPAIモデルを基盤とする一定のAIシステムについて、監督権限の射程が明確化される。特に、GPAIモデルとそれに基づくAIシステムが同一のプロバイダー又は同一企業グループ内で開発される場合等については、AIオフィスの専属管轄に整理される。ただし、特定の分野別監督が妥当する場合や、同一企業グループ外のデプロイヤーについては、加盟国当局による監督・執行が残る。また、デジタルサービス法上の超大規模オンラインプラットフォーム等に該当する、又はそれに組み込まれるAIシステムについても、欧州委員会にAI法上の市場監視当局としての権限を付与し、デジタルサービス法上の監督・執行との整合性を確保する方向で整理されている。加えて、AIオフィスの調査・執行手続として、情報提供要求、立入調査、コミットメント決定(事業者が自主的に提示した是正措置を欧州委員会が法的拘束力をもって受諾し、不遵守の場合に制裁につなげる手続)、不遵守認定、罰金・期間制裁金の手続が新たに整備された。期間制裁金とは、決定で定める日から日ごとに計算され、前会計年度の平均日次収入または世界年間売上高の5%を上限として課しうるものである(欧州競争法やデジタルサービス法でも同様の執行手法がとられている)。汎用AIをモデル・システム双方で提供する事業者は、情報提供要求や立入調査を含む対応プロトコルの社内整備が、欧州市場対応の論点となる。4. おわりに本合意は、規制負担の軽減と、規律面の追加・監督執行枠組みの整備を組み合わせることにより、AI法の実装段階に伴う事業者の懸念に応えるとともに、社会的に許容しがたいAI利用への対処を新たに講じる構成である。製造業にとっては適合性評価制度の重複整理という実務面の課題が緩和され、汎用AIのプロバイダーにとっては新たな実体禁止と執行体制への対応が課題となる。本合意はなお欧州議会と理事会の正式採択を経て発効する段階にあり、条文の文言調整や欧州委員会の実装ガイドライン、機械規則の関連委任行為等の続報については、引き続き注視が必要である。▶【関連】【徹底解説】2025年EUデジタル・オムニバス法案~AI関連法制の再構築とその影響(2025年12月5日付公開記事)※1)Council of the European Union, ST 9247/26, "Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council Amending Regulations (EU) 2024/1689 and (EU) 2018/1139 as Regards the Simplification of the Implementation of Harmonised Rules on Artificial Intelligence (Digital Omnibus on AI) — Letter sent to the European Parliament" (13 May 2026) 参照。なお、GDPR等を含むデジタル法制全般の改正側であるCOM(2025)837は別の立法プロセスを経ており、本稿の射程外とする。※2)European Parliament Press Release, "AI Act: Deal on Simplification Measures, Ban on 'Nudifier' Apps" (May 7, 2026)〈https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20260427IPR42011/ai-act-deal-on-simplification-measures-ban-on-nudifier-apps〉、European Commission Press Release IP/26/1024 (May 7, 2026)〈https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_26_1024〉参照。※3)技術的には、機械規則がAI法附属書ⅠのSection AからSection Bに移行されたことによる整理である。本稿は公開情報や執筆者の専門的知見に基づいた一般的な分析・見解を提供するものです。本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当社または当社のクライアントの見解ではありません。