▶ 記事のPDFはこちら2025年5月、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(以下、AI推進法) が成立した。そして2025年9月1日、内閣総理大臣を本部長とする人工知能戦略本部が設置された。この新たな法の下では、AIが可能にする事業活動の著しい効率化や新産業の創出といった便益と、犯罪への利用・個人情報の漏えい・著作権の侵害などのリスクとのバランスを、アジャイル(反復・継続)かつマルチステークホルダーのプロセスによって模索していく姿勢が示されている。本インサイトでは、世界的にみてもユニークなAI推進法の構造と今後について概説する。【ポイント】AI推進法は、「規制」ではなく、AIの活用を後押しする「推進」を目的とした法律である。社会全体でPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回すアジャイルな枠組みが特徴で、具体的な内容は今後の基本計画や指針で定められる。国が研究開発支援や環境整備をリードし、国際的なルール作りにも積極的に関与していく姿勢を示している。1.AI推進法の基本理念2025年5月に成立したAI推進法 は、その名のとおり、AIの開発や利用を制限するのではなく、後押しすることを目的とする法律である。同法は、AIが経済発展及び安全保障の観点から重要な技術であることにかんがみ、①AIの研究開発能力や国際競争力を向上させること、②研究開発から社会実装までの各ステークホルダーによる取組を総合的かつ計画的に促進しすること、③AIがもたらすリスクに関して透明性の確保等の施策を行うこと、そして④国際協力において主導的な役割を担うことを基本理念としている(2条)。2.AI推進法の構造AI推進法は、(1)の基本理念を実現するために、社会全体でPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルを循環させることを定めた構造になっていると捉えるとわかりやすい。これは、EUのAI法のような、事業者向けの包括的な規制とは大きく性質の異なるものである。Plan(計画)としては、総理大臣を本部長とする人工知能戦略本部(9月末までに設置予定)が人工知能基本計画を提案し、閣議により決定する(2025年中を想定)(18条、19条~28条)。Do(実行)としては、上記の基本理念に則り、研究開発機関は研究推進・普及や人材育成を、事業者はビジネスの効率化と新産業の創出を、国民はAIへの理解や関心の醸成を、それぞれ行うことが責務とされている。また、これらの民間主体は、国や地方自治体の施策に協力すべきことも定められている(6条~8条)。ただし、これらはあくまで法的義務を伴わない努力規定または要請であって、違反したとしても罰則が科されるわけではない。とはいえ、結果的に既存の法律、例えば個人情報保護法や著作権法、安全規制などに違反することがあれば、それらの法律によって処罰されることになる。一方、国・地方自治体はAIの研究開発や活用の推進に必要な施策の策定や実施を行うことが定められている。国の施策としては、研究開発の推進、データセンターやデータセットの整備及び共用の促進、国際的な規範に則った指針の整備、人材の確保、教育の振興などの施策について、マルチステークホルダーでの連携を図りながら、法制上又は財政上の措置も含めて実施することとされる(9条~15条)。また、国が行政事務効率化のために積極的にAIを活用することも宣言されている(4条2項)。Check (評価)としては、国が、①国内外のAIの研究開発及び活用の動向の情報収集、②不正または不適切なAIの研究開発・活用による権利利益の侵害事例の分析、③それに基づくリスク対策の検討等を行う。つまり、AIに関する最新動向および関連する、リスク事例や対策例について、国に調査権限が定められているということである(16条)。先端的AIモデルの調査にあたっては、G7広島AIプロセスにおける報告枠組 が援用される可能性もある。Act (改善)としては、上記の調査結果を踏まえて、国が法律・ガイドライン・基本計画・その他の施策を修正したり新設したりすることが考えられる。さらに、政府は、調査結果に基づいて、事業者に対する指導、助言、情報の提供その他の必要な措置ができることとされている。(16条)AI推進法はまた、AIの推進に関する国際協力や規範の策定に積極的に参画することも定めている(17条)。そこでは、日本が主導してきたG7広島AIプロセスをはじめとして、OECD、AIセーフティインスティテュートのネットワークなど、既存の取組を活かした貢献が念頭に置かれていると思われる。3.実施状況と今後の予定以上のように、AI推進法は、あくまで基本的な理念や枠組を定めたものであり、具体的な施策は今後策定されることになる。2025年9月1日には、人工知能戦略本部が設置された。今後の予定としては、人工知能基本計画が2025年中に策定されることが想定される。さらに、AIの研究開発・活用に関する指針も2025年に公表される予定だが、その内容は明らかではない。なお、事業者のリスクマネジメントに関しては「AI事業者ガイドライン」が、事業者間の契約に関しては「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」が既に存在している。政府のAI活用については、AI推進法の成立と同時期に「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」 が策定された。そこでは、生成AIの利活用を把握・推進したり、ガバナンス・リスク管理を総括したりするために各府省にAI統括責任者(CAIO)を置くこと、高リスクのAI活用について、デジタル庁の先進的AI利活用アドバイザリーボードが助言・サポートすることなどが定められ、かつ具体的なリスク評価に必要なフローチャートやチェックシートも提供されている。これらのツールは、民間でのAIリスクマネジメントについても有益な参考資料となるだろう。4.おわりにAI推進法は、「世界一AIフレンドリーな国へ」のスローガンのもとで、国がAIの活用を最大限に後押しするための政策を実施できるよう枠組みを定めたものである。事業者にとってはAIの研究開発や活用を本格化させる追い風となるが、それは単に国の支援や指針を待っていればよいというものではない。事業者には、自主的・創造的にAIを活用すると共に、各種ガイドライン類も参照しながら適時適切なリスクマネジメントを行い、それらについて積極的に情報を共有することで、社会全体でのAI利活用を推進する姿勢が期待される。▶ 記事のPDFはこちら本稿は公開情報や執筆者の専門的知見に基づいた一般的な分析・見解を提供するものです。本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当社または当社のクライアントの見解ではありません。