1 はじめに 人工知能(AI)のガバナンスを巡り、世界各国が異なるアプローチを模索する中、2025年12月2日、オーストラリアのアルバニージー政権が「国家AI計画」(National AI Plan、以下「国家AI計画」)を公表した(※1) 。同国ではこれまで、高リスクAIに対応する規制強化を議論する動きもあったが、今回の国家AI計画ではそのような方針ではなく、AIに特化した独自の法律の導入を見送り、代わりに既存の法体系をベースにした経済的機会の最大化に重点を置くことが明確化された。このアプローチは、日本のAI政策とも極めて親和性が高い。本稿では、このオーストラリアの新たな戦略を概観し、その背景と意義について考察する。2 国家AI計画の概要と狙い 発表された国家AI計画は、AIを経済成長の強力な牽引力と位置づけている。政府は、AI関連施策による経済波及効果を最大約1160億豪ドルと見込んでおり、計画の柱は、経済機会の最大化、データアクセスの促進、そして労働力支援の強化に据えられている。AI活用によって医療、高齢者介護、教育といった分野での生産性向上が目指されている。 本計画は、以下の3つの主要目標に基づいている。 以下、AIガバナンスにとって特に関連性の強い、第3の目標「オーストラリア国民の安全確保」について解説する。3 「既存法による統制」というアプローチ 今回の国家AI計画の特徴は、EUのような包括的なAI法を制定せず、当面は「既存の技術中立的な法制度フレームワークと規制当局の専門性を活用する」方針を明確にした点にある。すなわち、消費者保護法、プライバシー法、反差別法といった現行法をAIに適用し、必要に応じて各分野でルールの微調整を行うアプローチである。 この背景には、性急な規制がイノベーションを阻害することへの強い懸念がある。また、産業界からも、新規立法ではなく現行法の有効活用を優先すべきとの要望が強かったことも影響している。もっとも、リスク管理が軽視されているわけではない。政府はリスク管理体制を補完するものとして、2026年に3,000万豪ドルを投じて「AIセーフティ・インスティテュート(AI Safety Institute)」を設立する。この研究所は、技術動向を監視し、新たなリスクや法の隙間を特定し、必要に応じて追加規制や法改正の提言を行う役割を担う。政府は「必要であれば悪質行為や広範なリスクに対応する追加規制を躊躇しない」とも述べており、将来的な規制強化の可能性は排除していない。4 日豪の政策の類似性と相違点 オーストラリアの戦略は、AIに対して包括的な規制を導入したEUとは対照的であり、むしろ、個別法とガイドラインを中心に企業の自主的な取り組みを促し、イノベーション促進とのバランスを取ろうとしている日本のアプローチに近いと言える。AIセーフティ・インスティテュートを設立し、継続的に監視しながら将来的な法整備の可能性も視野に入れる姿勢や、現行法で不十分な部分に関しては段階的に手当てするといった、アジャイルなガバナンスモデルを志向している点でも日本の施策と類似する。 他方で、オーストラリアの施策には、以下のような特徴がある。ナショナルAIセンター(NAIC)が、企業向けに「AI生成コンテンツであることの明示」を推奨するガイダンスを公表している。ラベリング(表示)、電子透かし(ウォーターマーキング)、メタデータ記録といった手法が推奨されている。 同意のない性的ディープフェイクの送信や共有は、刑法上の犯罪として取り扱われる。さらに、多くの州においては、そのようなコンテンツの作成自体が禁じられている。AI学習と著作権について、「AIの学習目的(解析目的)であれば、著作権者の許可なくデータを複製・利用してもよい」とする、いわゆる「テキスト・データマイニング例外」(日本では著作権法30条の4がこれに該当)については、産業界の要望があったにもかかわらず、今回は見送られている。5 おわりに 本国家AI計画の最後の項目として、「グローバルな規範との連携」が掲げられており、そこでは、日本が旗振り役となって推進している広島AIプロセスをはじめとする国際連携の重要性が強調されている。環太平洋地域において政治的にも経済的にも重要な位置を占める日豪両国において、今後官民の双方で、どのような建設的な連携が展開されるのかは今後も注目に値する。※1 ) https://www.industry.gov.au/sites/default/files/2025-12/national-ai-plan.pdf